教育情報斜め読み♪

教育の放棄は尊厳の放棄

生まれたての人間は天使でも妖精でもない、ただの野生です。
食べ物を与えるだけで放置されれば、言葉も、生きる術も学べません。
排泄したり、空腹を感じた赤ん坊は、不快感を泣いて訴えますが、これは教わったものではなく本能であり、すべての人間がその声を無視し続けた場合、やがてその子供は死ぬか、生きていても心を育てられないでしょう。
親は自分たちの子供に話しかけ、意思疎通の手段を伝えます。
抱いて肌の温かさを通じて愛情を伝え、笑いかけて感情を教えるのです。
やがてその子供が成長していくと、画用紙はノートに、クレヨンは鉛筆に代わり、学校に通って勉強するのです。
しかし今、その学校教育が危機に瀕しています。所定の時間内をきちんと着席し、教師の話を聞き、課題に取り組むことができない子供たちが増えています。もちろんすべてではありませんが、座り続ける忍耐力がなく、授業中であるという判断力に欠け、課題に取り組む集中力が鍛えられていないのです。
彼らはほかの子供たちが授業を受ける中、ふらふらと教室内を歩き、廊下をうろつき、社会のルールを学ぼうとしないのです。教育としつけは紙一重であり、ルールが身についていなければ教育を受ける力は育ちません。反面、勉強ばかりが優先されて、それさえできれば正義と信じ込まされていると、社会に出てルールが身についていないために、せっかく学び育てた能力を発揮できないのです。
赤ん坊は白い紙です。愛情で基礎を作り、社会性をしつけ、学習の土台を作るのは親の教育責任です。